137【KBH所蔵 貴重本紹介】 その39「フランス語訳 旧・新約聖書」オスティルバル版

「フランス語訳 旧・新約聖書」オスティルバル版(La Sainte Bible ou l’Ancien et le Nouveau Testament, Version de J.F. Ostervald)蔵書番号:213 出版年:1920 出版社:Maison du Protestantisme(プロテスタントの家)45?47, rue de Clichy(リュ・ド・クリシー通り)75009 出版地:Paris 書架:B-5
本書はフランス語に訳された旧新約聖書である。スイス・ヌシャテルの改革派教会牧師ジャン・フレデリック・オスティルバル(Jean-Frederic Ostervald 1663~1747)は当時すでに古めかしくなっていた「ジュネーブ系フランス語聖書」の古風で分かりにくい語彙を、当時の標準的なフランス語に置き換え、18世紀の人にも読みやすくすることを狙って改訳した。主に「意味を変える」のではなく「フランス語の表現を新しくする」ことに力点を置いた。現在でも、この題名のまま復刻版が出版されている。一般に「オスティルバル版」と呼ぶときは、この1744年版以降を指す。その後、18、9世紀にかけて何度も改訂・再版が行われ、近代フランス語に近づけた形でプロテスタント教会において広く用いられた。彼が元本とした「ジュネーブ系フランス語聖書」とは、スイスのジュネーブで、すでに存在していたフランス語訳聖書である「オリヴェタン聖書」(フランス語訳聖書翻訳史上重要であり折に触れて述べる)を土台としつつ、ヘブライ語・ギリシア語の原典も参照して改めて訳された聖書である。当時としては比較的小型で、一般の信者が家庭で読めるサイズだったため、広く普及した。余白に多くの注解が付いており、カルヴァン主義的な解釈が分かるようになっている。改訳に従事したのは、フランス本国で迫害を逃れてジュネーブに亡命してきたプロテスタント改革派、カルヴァン系の聖書学者達である。彼らは一般にユグノー(新教徒)と呼ばれていた。なぜ、ジュネーブが彼らの活動の場になったのかは、そこがヨーロッパ大陸におけるプロテスタントのほぼ唯一の牙城であったからである。ジュネーブはもともとサヴォア家とカトリック系の司教の支配下にあったが、16世紀前半に市民達がサヴォア家を追い出し、司教権力からも離脱して「独立した都市国家」となった。1536年には公式にプロテスタント信仰を受け入れ、ローマ・カトリックから離脱したことを宣言した。こうしてジュネーブは、カトリック権力から自立し、同時にプロテスタントを保護する政策をとる都市国家になった。その結果、フランス、イングランド、イタリア、ネーデルラントなどで迫害を受けたプロテスタント達が、「信仰の自由」を求めて避難する場所となったのである。
(「聖書翻訳の歴史」p.75~92 展示委員 池田憲廣)


