136【会員教会を訪ねて】58 カトリック住之江教会

〒559-0013 大阪市住之江区御崎3丁目6-7
TEL 06-6681-1895 HP http://suminoe.osaka.catholic.jp/
ミサ:毎週日曜日 9:00~10:00
共に歩み、広げられた御手の中に ― カトリック住之江教会の軌跡と希望
大阪メトロ四つ橋線、住之江公園駅を降りてまっすぐ東へ。左手に大阪護国神社の緑、そして住之江公園の広がりを感じながら歩を進めると、住宅街の中に白を基調とした端正な佇まいの建物が見えてくる。カトリック住之江教会。その扉を開け、白く静寂な聖堂に足を踏み入れた者は、まず祭壇に掲げられた一体の十字架に目を奪われることになるだろう。 ベルギーから海を越えてやってきたというその十字架は、照明に照らされると、背後の白い壁に柔らかな影を落とす。不思議なことに、その影は十字架に架けられた苦難の姿を超え、まるで復活した主イエス・キリストが優しく両手を広げ、訪れるすべての人を抱きしめているかのように映るのだ。冒頭に目にするこの「広げられた御手」の影こそが、住之江教会が歩んできた激動の歴史と、今この場所に流れる温かな空気を象徴しているように思えてならない。
住之江教会の歴史を紐解けば、それは戦後日本の復興と、宣教への情熱が交差する壮大な物語に突き当たる。この地は、ベルギー発祥の修道会であるカトリック淳心会(スクート会)によって、大阪南部における宣教の拠点として選ばれた。現在こそ活気ある住宅街だが、1961年の建築着工当時、周辺はいまだ人口も少なく、荒涼とした風景が広がる地域であったという。その「荒野」に希望の光が灯った象徴的な出来事が、建築当初の定礎式である。淳心会との深い縁により、ベルギー国王ボードゥアン1世がこの地を訪れたのだ。第二次世界大戦という深い傷跡を経て、ようやく手にした信教の自由。廃墟からの再建という至難の業に挑んでいた当時の信徒たちにとって、国王の来訪がいかに大きな励ましと誇りになったかは想像に難くない。教会に大切に保管されている当時の写真をめくれば、そこには教会の誕生を喜ぶ、溢れんばかりの子供たちの姿が写し出されている。

それから60余年。時代は大きな移り変わりを見せてきた。1975年に至るまでは、この地の開拓を担った淳心会の宣教師が神父として着任し、信仰の礎を築いてきた。その後、教会の管轄は淳心会から教区へと委ねられ、現在は大阪高松大司教区に属する教会として、地域宣教の役割を継承している。その歩みの中で、かつての写真に写る子供たちは成長し、現在は日本の多くの教会が直面しているのと同様に、日本人信徒の高齢化という現実がある。一時はその静けさに、かつての活気を羨むような寂しさを覚えることもあったかもしれない。しかし、住之江教会の「広げられた御手」は、今、新しい家族をその懐に迎え入れている。
現在、聖堂に活気をもたらしているのは、ベトナムを中心とした多国籍な若者たちだ。彼らは日本という慣れない土地で生活を営み、仕事に励み、ここで出会い、結婚し、そして新しい命を授かっている。ミサの前後、聖堂や白い信徒ホールに響き渡る子供たちの泣き声や笑い声は、かつての写真に写っていたあの躍動を、令和の今に再現しているかのようだ。
特筆すべきは、彼らが単なる「参列者」ではなく、共に教会を支える「担い手」へと成長している点である。教会役員の中に外国籍の信徒が加わり、日本人信徒と同じ目線に立って教会の未来を語り合う。言葉や文化の壁を越え、一つの信仰のもとに集うその姿は、多文化共生が叫ばれる現代社会において、一つの希望の形を示している。
ベルギーから届いた十字架がつくる「影の御手」は、戦後の復興を支えた先達も、教区へと受け継がれた歴史を守る人々も、そして今この地に希望を見出す若い世代も、分け隔てなく包み込んできた。白を基調とした明るい聖堂は、国籍も世代も異なる人々が混ざり合い、新しい「家族の物語」を紡ぐためのキャンバスのようでもある。
住之江の地に根を下ろし、激動の昭和から令和へと繋がれた宣教のバトン。過去の栄光を大切に守りながらも、新しい風を拒まず、共に歩むことを選んだ住之江教会の門は、今日もすべての人に向けて、あの十字架の影のように大きく広げられている。


