98号 【編集後記】「鬼も頼めば、人喰わぬ」 テモテ遠藤 洋介 師

2月は節分の季節です。最近では豆まきだけではなく、恵方巻の文化もすっかり浸透し、毎年コンビニやスーパーでは売り競争が起こっています。数年前はこの恵方巻の大量の売れ残り廃棄が問題となったのも記憶に新しいことです。

日本ではこの節分の時に「鬼は外、福は内」と言って豆を撒く風習があり、鬼は「悪いもの」というイメージが定着しています。
しかし、ある広告に泣いている小さい子どもの鬼の挿絵とともに次のような二つの文言が書かれていました。
「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」「一方的な「めでたし、めでたし」を、生まないために。」

悪いものというレッテルを一方的に貼り付けて排除することは決して神さまの求めておられる平和ではないように思います。

聖書で豆まき・・ではないですが「種まきの譬え(マタイ13章)」の場面を思い浮かべてみます。
種をまく人は一粒一粒丁寧に選定してまいていません。どう育つかではなくとにかく一粒でも多く種をまきます。その種の中にはぐんぐん育つ種も上手に育たない種も含まれており、みな一緒にまかれます。どんな出来損ないの私であっても神さまはいつも用いてくださいます。

退けるのではなく和解を進めていく、力ではなく話し合いを、神さまの御心にかなった平和を造っていく方法は私たちの中にたくさん用意されています。廃棄される恵方巻も、節分で追い払われる鬼も、罪深き私も、私たちの神さまはきっと排除ではなく、その愛でやさしく受け入れてくださるのではないでしょうか。