136【巻頭言】「イエスの背中に担われたもの ―悲しみと喜び」KBH理事 白井 進 師

神戸バイブルハウス理事
日本基督教団神戸夢野町教会
牧師代務者
白 井 進 師
あなたはなぜ聖書を読むのですか、と聞かれて、何と答えますか。 わたしは聖書の中には人生を生きる上で、喜びの実例が数多く含まれているからです、と答えます。
そして、それらの言葉は、今も生きておられるイエス・キリストを証しし、人々をその息吹に触れさせ喜びを実感させるのです。
この喜びの宝庫と言える聖書を多くの人に読んでいただき、味わってもらいたいという願いから神戸バイブルハウスが始められたのです。
聖書にはイエスに従った弟子たちの姿が映し出されています。彼らは、イエスの語る言葉において、祈りにおいて、その魅力に釘付けにされていました。
「重荷を負って苦労している者はわたしのもとに来なさい」と招くイエスの背中には、苦労している者の重荷を共感しようと、悲しんでいる者の悲しみをわが事としようとされるイエスの優しさが刻まれています。悲しみの中で流す涙や魂の底からの叫びを担われた跡が刻みこまれています。
「この最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」。これは、わたしについてきたいと思う者は、最も小さくされている者の悲しみを自分のこととしなさい。最も小さくされている者と共に歩くことを恥としないようにしなさいという呼びかけ、招きであります。
主イエスが歩まれる先には、悲しんでいる人たちが慰めを受け、叫んでいる人たちが共にいる人と讃美を共にできる喜びの場所が用意されているのです。
神戸バイブルハウスでの交わりにおいて、日常の出来事により疲弊し、なえている心に愛の火が灯され、魂の底まで暖かくされていくような喜びの体験を共有していければと願っています。
「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」。

