39 明石上ノ丸教会(114)

〒673-0846 明石市上ノ丸1丁目18-13 TEL 078-911-6088

日本フリーメソジスト明石上ノ丸教会は、英国国教会にルーツを持ち、メソジスト信仰復興運動、北米メソジスト監督教会、フリーメソジスト教会の流れにある教会です。

メソジスト信仰復興運動は、英国において18世紀に、ジョン・ウェスレーによって始められたものであり、フリーメソジスト教会はその結果生まれたものです。信仰の特徴といえば、「聖書に帰れ」、「初代教会に帰れ」、「主イエス・キリストに帰れ」ということでしょうか。1860年、北米においてフリーメソジスト教会が発足し、海外へも宣教を拡大していきました。

その後、1896年、北米から日本へ宣教師として派遣された柿原 正次は、淡路島に河邊 貞吉を訪ね、ともにフリーメソジストの働きに加わることを要請。河邊は1903年、大阪市南区(大阪日本橋教会)で開拓伝道を開始、後に伝道学館(大阪キリスト教学院)も創設しました。

1907年(明治40年)、河邉 貞吉師、高島 林蔵師、S・E・クーパー宣教師等によって、10月6日より、明石市相生町3丁目の明石伝道館にて、8日間の伝道集会を続け、毎回150名位の各会衆に福音が伝わり、その中より47名が悔い改め、明石中崎海岸にて受洗、教会の誕生を見たのでした。

この教会の初代牧師として高島 林蔵師、宣教師としてS・E・クーパー師が就任されたのです。

明石上ノ丸教会 礼拝堂

さらに、相生町から鍛冶屋町に教会は移り、1936年(昭和11年)10月に現在地に土地を取得し教会新会堂を建設、1942年(昭和17年)に明石上ノ丸教会と改称。1945年(昭和20年)5月明石空襲により、教会は大きな被害を受けるも戦後いち早く修復、宣教にあたるとともに「さみどり幼稚園」を開園、満5年間続けられました。

1950年(昭和25年)谷 義平師の転移にともない無牧の時代が続くも、1954年(昭和29年)内貴 八郎右衛門師が就任、1961年(昭和36年)秋に教育宣教館を献堂。

また1970年(昭和45年)明石大久保石ケ谷に、納骨堂を建設。1979年(昭和54年)新会堂献堂。設計はヴォーリズ設計事務所の森恵一氏で、1980年1月15日(日)、宇崎竹三郎師を迎えて献堂式を挙行。1982年にはオランダのプティ・アンド・フリッツェン社に依頼して鐘楼に聖鍾(3個)を設置、塔の上より今も美しい音の流れは、街々の人々に、平和と憩いを与えています。また、壁面の日時計は、明石天文台の館長より提言と監修をいただき設置、時の道にふさわしい風景となっています。

1987年6月には創立80周年記念の一環として、明石市民会館に作家三浦 綾子先生、光世先生を迎え伝道講演会を開催、超満員で第二会場を設け、参加者は約2700名。綾子先生は教会につごう三回も来会されました。

内貴 八郎右衛門師は2016年1月22日召天、享年87歳。65年間、明石上ノ丸教会の牧師としてのご生涯でした。1年後、馬場 一朗師が就任、現在に至ります。115年前の初代受洗者に作曲家の菅原 明朗氏がおり、この冬も演奏会が教会で催されます。