106号【編集後記】「神の息吹をもとめて」

「神の息吹をもとめて」

ここ数年「分断」ということばをよく耳にします。人種問題、宗教問題、富の問題、偏見、無理解といったものが様々な障壁を生みだしています。これらに加え、コロナウイルスという未曾有の存在が登場し、わたしたちの世界に介入し、あちこちで「分断」を加速させています。

これらの「分断」によって多くの人々が傷つき、悲しみ、苦しみ、疲弊しています。この世界にある様々な「分断」を癒すことへの方法が見つかりません。

このような現状に多くの人々が様々な声を上げていますが、いろんな恐れ、疑いによって「ひとつ」になることができません。どうすればいいのでしょう。

聖書には、今の世界と同じように様々な分断、疲弊したところに人知を超えた、天からのもの、神の息吹である聖霊が注がれ、この世界にいる人間同士が「違い」がありながらも、聖霊のうちにそれぞれがコミュニケーションを取り、分断、破れが癒されていく道が開かれた次第が記されています。このことは聖霊降臨の出来事として今日に至るまで世界中の教会において想起され、祝われてきました。

今日においては人知こそが全て、人間の力で解決できないものはないという考えがスタンダードでありますが、「聖霊よ、来てください」と仰ぎ求める心が必要です。

今こそ、全ての教会が一つになって、恐れ、疑いの中に、傷つき疲れた心に、分断の間に、神の息吹が注がれる時です。神の息吹を切に求めて参りたいものです。

日本聖公会神戸教区
明石聖マリア・マグダレン教会牧師
司祭 ダビデ 林 和広