投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2019-08-12 09:45:17 (15 ヒット)
日本フリーメソジスト神戸ひよどり台教会牧師/尼崎西教会 牧師 大嶋 博道「主の豊かな食卓に招かれて」ヨハネ21:9~19

福音書には、イエスがレビや徴税人など、当時のユダヤ社会の中で罪人と呼ばれていた人々と共に食事をされた場面が多く紹介されています。当時のユダヤ人にとって一緒に食事をするということは、相手を全面的に受け入れ、豊かな交わりをする一つの象徴、しるしでした。

テキストによると、復活されたイエスはガリラヤに行かれ、漁師のペトロやヤコブやヨハネたちにご自身を現わされました。一晩中、漁をして何も獲れなかった彼らに、イエスは「子たちよ、何か食べるものがあるか」と問われ、「さあ、来て朝の食事をしなさい」と、言われました。

一度はイエスを裏切った弟子たちとイエスとの食卓には、彼らのその後の生き方を変える大きな意味があったのです。幾つかを紹介します。

①喜びの食事―第一に、「食事」は「喜び」を表わします。
聖書は、神の国の喜びを「祝宴」にたとえています。ルカ15章の放蕩息子のたとえにあるとおりです。ガリラヤの弟子たちは、自分たちが一度は見捨てたイエス、裏切ったイエスが「さあ、来て朝の食事をしなさい」と言われた時、どれだけ嬉しかったことでしょうか! その食事はどれだけ喜びに溢れたひと時だったでしょうか!

②和解の食事―第二に、食事は「和解」を表わします。
パレスチナの一部に今でも残る風習に「スルハ」があります。これは敵同士であった者が、和解をする時に、そのしるしとして食事をするという風習です。イエスを裏切り見捨ててしまった弟子たちは、まさか、イエスが自分たちといっしょに食事をしてくださると思ってもみなかったことでしょう。ガリラヤ湖畔での食事は、イエスと弟子たちの和解の時であり、新しい関係を築き、再び、使命を与えられる神秘的で大事なひとときだったのです。

③いのちの食事―第三に、「食事」は「いのち」を表します。
食事を共にするという行為は、「いのち」が尊ばれ、生き生きとした活力に育まれて人と人とが共に生き、生かされていくことの表れであり、神の国の実現の見える「しるし」なのです。

ウイリアム・ハントの『世の光』の絵画のように、イエスは私たちを「真のいのちへと至る食卓」へと招いておられます。心からこの招待に与りましょう。祝福をお祈りいたします。

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2019-06-15 15:25:47 (88 ヒット)
有木 義岳 理事「聖書のことばを生きる」

神様のみことばである「聖書」は「読む」ものと思われています。印刷された文字を目で読みます。毎日規則的に何章かを読んでおられる方もあります。そのように読み進んでいると、光り輝くように心に響く箇所を見出すこともあるでしょう。

わたしが制作している「心に光を」(ラジオ関西月---金朝5時5分---15分)のインタビュー番組に出演してくださったかたとのやり取りを紹介しましょう。この方は聖書を神のことばとして心に留めて、それを生きる、信じ従っておられる。これがまさしく聖書を読むということです。---心に留めておられる聖書のことばを読んでいただきましょう。

=「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えられないような試練に遭わせるようなことはなさいません。むしろ耐えることのできるように試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」

なんかあったときに、わたしはまだ耐えられるから、こういうことが与えられているんだ。これを乗り切れる力は与えてくださると思ったら、任せるというのか、安心しておれる、悲壮感にならずに夢が持てるというか…。

安心があります。やっぱり。まだまだこれぐらいのところは通り越せるんだとか、もっと大きなことが耐えられる、そういう力を与えてくださるんだと思うと、夢がもてる、安心感っていいますか、それがあります。日々心配のほうが多いですけど、そうじゃないんだ、そうじゃないんだ、心配しなくていいんだ、脱出の道もかならず与えてくださるんだと思うと、それが何より支えになっています。洗礼をうけてから30年になりますね。


クリスチャンセンター神戸バイブル・ハウス理事
「心に光を」ラジオ牧師
有木 義岳

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2019-04-07 01:52:13 (136 ヒット)
松浦 信行師「祈りの仕方」

1月のキリスト教一致祈祷週間の時、私は東京にいました。出張先の東京カトリック神学院の隣にイエズス会の修道院で一致祈祷の集会があり、そこで大和市から長老派の牧師さんが奨励をしてくださいました。牧師さんは聖書の知的理解や活動だけでなく、黙想や沈黙などの祈りや霊性を深める時をイエズス会の神父と持っているそうで、そうすると疲れた気持ちから心の中に力が湧き出てくるという話をしてくださいました。

後日、同じイエズス会の霊性センターの所長さんと話す機会がありました。ヨガなどをされていて、熱心に体を使った祈りを勧められるのです。私も、昔修道会に入る準備の修練という期間に、いろいろな祈りの仕方について試したことがあります。スルピスの方法、カルメルの方法、イグナチオの方法など西洋の祈りの仕方は、頭を使った知的作業が多いのです。私も初めはそれを試していたのですが、主と共にいる祈りが逆に疲れてしまうのです。それで結局、聖堂に入り頭を空っぽにしてそこにたたずむという祈りへと移っていきました。それで、所長さんと意気投合して会話に花が咲きました。

巡礼の持っている旅そのものが祈りであること、禅の世界で生活そのものが禅であること、私が今いる四国のお遍路やおもてなしの文化、インドネシアに行った夫婦から教えられた体を使った祈り、短いことばを呼吸を通して唱えるイエスの祈り、インドのヨガ的祈りなど、どうも今までの知的な祈りではなく体を意識した祈りの持っている豊かさを語り合ったのです。今、NHKなどでも良く取り上げられているマインドフルネスもこの流れの中にあるようです。イグナチオの霊操を大切にするイエズス会ですが、「私と副所長が何か変わったことをしているとイエズス会の中で噂が立ってますよ」とその所長さんは笑いながら話を終えました。

神戸のバイブルハウスのことをこの流れの中で考えました。友の会の巡礼旅行、クリスマスランチョン、写経聖書、リレー朗読会、テレマンコンサート、バザー、エキュメニカルな出会いなどなど、神戸のバイブルハウスは聖書を中心にセミナーや勉強会をするだけでなく体を使って聖書や神に出会っている感じがします。それこそ結構時代の先端をいっている活動なのかもしれない、そう思うこの頃です。


クリスチャンセンター神戸バイブル・ハウス副理事長
松浦 信行師

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2019-02-20 23:46:30 (144 ヒット)
中村 豊 理事長キリスト教の17教団・1団体の協力により、約7年の編集作業を経て昨年11月、「聖書協会共同訳」が完成しました。この聖書は、原典に忠実な翻訳であり、日本の教会の標準となり、礼拝で用いられ、日本語、日本文化の形成に貢献できることなどを目指しました。また、本文のほかに引照と注を付したことが大きな特徴です。

神戸バイブル・ハウスを支える人たちが属する教団・教会全てが、この聖書を礼拝や聖書研究に用いるとはいえませんが、翻訳の比較は私たちに多くの学びを提供してくれます。例えば、ルカ福音書17章12節で、ギリシャ語の「レプロス」すなわち「レプラを患っている」は、聖書協会共同訳では「規定の病を患っている」ですが、新改訳聖書では「ツァラアトに冒された」と訳しております。ここで、聖書協会共同訳の「用語解説」や新改訳聖書第三版の「あとがき」などを参考することによって、翻訳の意図やねらいがより明確になります。

現在、高齢化の波が怒濤のごとく教会に押し寄せ、礼拝出席や教会財政に大きな打撃を与え続け、教会という舟の航行が次第に困難となっております。舟に乗ってゲザラ人の地方に行く途中、激しい突風のために波をかぶり、舟が沈みそうになったとき、「私たちが溺れ死んでもかまわないのですか(マルコ4:35以下)」と弟子たちはイエスに泣きつきました。私たちも、「教会や信徒をどうしてくれるのですか」と、神に訴えたい気持ちを抑えることができるでしょうか。すべてが順調なときは神が登場する機会はまれなのですが、困った時にだけ真剣になって神に頼ろうとする人間の姿勢を神は問題視します。

「わたしたち信じる者に力強く働く神の力が、どれほど大きなものであるかを悟ることができ(エフェソ1:19)」るように、私たちは、聖書のみ言葉に耳を傾け、神の恵みが豊に与えられていることを感謝する日々を送りたいものです。
聖書協会共同訳聖書完成をお祝いするとともに、キリスト者だけではなく、一般の人たちにも聖書が読まれ、神の存在を知るよい機会となることが期待されます。

クリスチャンセンター神戸バイブル・ハウス
理事長 中村  豊

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2018-12-15 02:52:04 (161 ヒット)
吉 田   隆  師 毎年4回ほど開催しています「聖書セミナー」は、このバイブル・ハウスの屋台骨のような働きです。その名前のとおり、この場所が真に“聖書の家”となるために、単に展示用聖書を収集するだけでなく、何より「聖書」そのものを深く・豊かに・楽しく学ぶためのセミナーだからです。

カトリック・聖公会・プロテスタント諸教会(NCC系から福音派に至るまで)を包含する超教派の営みであることを念頭において、講師やテーマの選定には、毎年苦労します。

しかしまた同時に、これが主催者の醍醐味でもあります。実際上の問題でなかなか遠方からお招きすることはできないのですが、関西圏にこんなにも聖書の専門家がおられるのだということに驚き、初めてお会いする先生方から多彩な聖書のお話を伺うことは実に大きな喜びです。

この秋に行われた聖書セミナー「日本語聖書読み比べ」(水野隆一先生)は、実にユニークかつ有益な取り組みでした。先生が御自分で作成された“六欄聖書”によって、五書・詩編・預言書のいくつかのテキストを新共同訳・口語訳・新改訳・新改訳2017・フランシスコ会訳・岩波訳で読み比べるという作業を、参加者の方々と共にしたのです(これに12月発売の『聖書協会共同訳』を加えられなかったのが真に残念でした)。原語が持つニュアンスや意味の広がりの実に豊かなこと!

聖書が原語にとどまっていたら、私たちの多くは依然として主イエスを知らないままでした。翻訳が生み出す多彩な言葉をとおして、肉となられた唯一の「ことば」が私たちにもたらされたことの不思議と恵みを、この季節に深く味わいたいと思います。

クリスチャンセンター神戸バイブル・ハウス理事
日本キリスト改革派甲子園教会牧師
神戸改革派神学校校長
吉 田   隆 師

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