投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2014-09-13 07:33:27 (2801 ヒット)
本田哲朗神父「小さくされた人々のための福音(新世社) 新しい訳語、言い回しの試み」より

■正義とは抑圧からの「解放」を実践すること
“Dikaiosyne Dikaios"は、よく「正義」「正しい人」と訳されます。しかし、何が正義で何をもって正しいとするかは、聞く人、読む人の判断まかせてしまっています。法律にふれないかぎり「正しい」生き方をしていると考える人もあれば、右にも左にもかたよらない中立の道こそ「正義」だと確信する人もいます。また倫理道徳の面で「正しさ」を判断するという人も少なくありません。
聖書で語られる「正義」は、神の思いと合致した行動を指しており、ほとんどいつも社会的な関係性を視野に入れ、傷ついた部分のない状態=平和=を実現させる働きを意味します。どこかでだれかが抑圧され、差別されているのをほうっておけずに、痛み苦しみを共感共有するところから解放にむけて行動を起こすことが、聖書のいう「正義」であり、それをこころざす人が「正しい人」なのです。したがって、Dikaiosyneは「解放」と訳すほうが原意に近く、Dikaiosは「解放をこころざす人」とするのが訳語としては親切でしょう。

■「罪」と罪のゆるしの聖書的な意味
“Hamartia Hamartolos"「罪」「罪人」と聞いて、ふつう、人は何を思うでしょうか。どろぼうや強盗、人殺しとか、不倫や売春、強姦、さらには詐欺や横領、けんかやねたみにいたるまで、さまざまな「罪悪」のかずかずを思い浮かべるにちがいありません。

しかし、イエスが「収税人や罪人の仲間」と見なされ、生まれつき目が見えない人が「罪の中に生まれた」とさげすまれ、また、イエスもベトザダの池のほとりで三十八年間の病気から回復した人に、「もう、罪はおかすな」と言うとき、それはここの罪悪をさすというよりは、生き方、生きる姿勢が問題にされていると見るべきです。

ユダヤ人指導者たちのよしとする生き方と、イエスが求める生き方には大きなへだたりがありますが、どちらも「罪」(Hamartia)についてふれるときには、その生き方のずれ、すなわちあゆむべき「道をふみはずしていること」を指して言っています。

ユダヤ人指導者たちにとっては、モーセの律法とそれに付随する先人たちの伝統をきちんと踏み行わないことが、身にけがれを負うことであり、けがれを負ったら、そのつど「清め」の手続きをふむべきでした。その日暮らしの貧しい民衆は清めのための費えにことかくことから、「けがれを引きずる」ことになり、ユダヤ人指導者たちはこれを「罪」と呼んだようです。その意味で、イエスもイエスの弟子たちも「罪人」すなわち「道をふみはずした人」と見なされたわけです。

一方、イエスにとっては、力をもつ者が立場の弱い者を抑圧したり、差別することは、ゆるせないことであり、また、不当に抑圧され、差別されている者が、文句もいわずあきらめてひたすら耐えていることは、がまんのならないことでした。どちらも神の生きざまとは相容れないことだからです。どちらもあゆむべき「道をふみはずしている」のです。ベトザタの池のほとりで、長年、病気に対して受け身でしかなかった人に対して(ヨハネ5:14)、あるいは不倫のかどで捕らえられて立ちすくむだけだった女性に対して(ヨハネ8: 11)、イエスが、「もう、罪をおかすな」と言います。また、涙を流しながらイエスの足を髪の毛でぬぐい、香油をぬりつける「罪人」と見なされていたひとりの女性に対して(ルカ7:47)、あるいは、人の家の屋根までこわして担架ではこびこまれたからだの麻痺した人に対して(ルカ5:20)、イエスは「あなたの罪はゆるされている」と言います。

前者は、「もう道をふみはずすな」(一方的に差別されるままに黙っているな。耐えられない痛みは訴えていかなければ、神の国は実現しないよ)ということであり、後者は「あなたは道をふみはずしてはいないよ」ということです。どちらもユダヤ人指導者たちの顔をさかなでするような発言であったことはちがいありません。

「罪のゆるし」Aphesisは〈そのまま行かせる〉ということで、貧しい人たちが借金をかかえて返せないのを、「借りは無しということにしてあげる。そのままあゆみつづけなさい」というのが基本の意味です。ですから、力のつよい者が立場の弱い人たちを抑圧し搾取していることについては、それをつづけているかぎり、ゆるしはありえません。聖霊の働きにまっこうから対立するような行為は、それをやめて、弁償しないかぎり、「ゆるされることはない」のです(マタイ12:32)。

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2014-08-30 14:45:59 (2178 ヒット)
2011年3月11日に起きた東日本大震災からの「復興」は進まず、仮設住宅には今もたくさんの方々が居住を続けておられます。

その上、福島第一原子力発電所爆発事件により、私ども日本国住民は今も、世界の空や大地や海に、深刻な放射能汚染の被害を流し続けています。にも関わらず、日本国政府は「再稼働」に躍起となっていて、更に原発を海外へも輸出しようとしています。

今年7月に「集団的自衛権容認」を閣議決定した日本国政府は、既に次の戦争の備えのために「戦前」のファシズムを作り出そうとしています。

そんな中、貧しい若者は非正規労働の拡大や賃金切り下げで、まともに生きていけない時代が続いており、やがて自衛隊に入るしか生活できる道がなくなり、海外で人を殺し、自分も殺される時代が来るのかも知れません。

2014年のこの夏、世界中に戦争を撒き散らしている「死の商人=軍需産業」の手先が、パレスチナのガザでジェノサイド(民族浄化を目的とした大量殺戮および民族同化政策)を行っています。

既に日本国政府は、アメリカ合衆国政府とイスラエル政府に協力して、これに荷担しているのです。

私どもの主イエス・キリストは「わたしの平和を与える」と言われました。
主の平和のために、日本の若者を殺人者にしないために、どうすれば良いのか。
私どもは、今こそ真剣に考えなければなりません。

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2014-08-30 13:59:54 (2042 ヒット)
剣を取る者は皆、剣で滅びる

安倍首相主導のもと、憲法9条を解釈して、集団的自衛権を閣議で決定しました。日本はこれまで、憲法に抵触するとして、ベトナム戦争やイラク戦争には直接参戦しませんでした。しかし、今後、憲法解釈変更によって、友好国から「show me your flag」と言われれば、参戦を断ることが果たしてできるでしょうか。

イラク戦争に対して、ローワン・ウイリアムス・カンタベリー大主教はこれに強く反対しましたが、開戦に反対したフランスは、米英から卑怯者として、罵倒されました。しかし、大義なき戦争が明白となり、英国では、2003年のイラク戦争参戦に関する独立調査委員会の公聴会で、当時の首相ブレア氏は証人喚問されました。

そのイラクでは、大規模戦闘が終結した2003年から2014年まで、約13万人の民間人が亡くなり、約4,500人のアメリカ兵が戦死し、8,000億ドル(約80兆円)を浪費した後、アメリカはイラクから撤退しました。その後、治安は良くなるどころか、悪化の一途をたどり、今年6月の1か月で、約2,500の人命が失われ、ISIS(イラク・シリアのイスラム国)と名乗る過激派組織がイラク北部を制圧するという有様です。

イラクで儲けたのは軍需産業、傭兵産業だけで、国家としては赤字を増やし、米軍の醜態を晒してしまいました。

フランシスコ教皇は6月8日、イスラエルのペレス大統領とパレスチナ暫定自治政府のアッバス議長をバチカンに招き、半世紀以上にわたって対立が続く中東和平問題の解決をユダヤ教徒やイスラム教徒と共に祈り「紛争をやめ、互いに向き合うには勇気が求められる」と述べ、決裂状態にある和平交渉の進展を双方に促しました。

今、私たちは武力では解決がつかない世界に生きています。キリスト者は、力によらず、互いへの信頼と愛をもって紛争解決に努力することが、平和に至る道であることを確信しているのです。

クリスチャンセンター神戸バイブル・ハウス常任理事
中村  豊 (日本聖公会神戸教区主教)

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