投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2019-06-15 15:52:37 (18 ヒット)
遠藤 洋介さん「大海のいそもとどろに寄する波割れて砕けて裂けて散るかも」源 実朝(みなもとのさねとも)の有名な和歌です。

今年はG.Wから非常に暑い日が続き、海開きを待たずして海水浴や潮干狩りに出かけた方もおられるのではないでしょうか。

打ち付けるような波が多い日本海側で育った私にとって、神戸の海は泳ぐには少し大人しすぎるように感じることがあります。ですが、内海特有の穏やかな波音は季節を問わず、聞く者の心を癒します。

不安定な今のこの世界が外海のように激しさを増すにつれ、私たちは祈りや黙想の中で心を穏やかにし、聖書や好きな本を読んだり、自分の時間を感じながらゆっくりと内海の穏やかさのような時を過ごしたいものです。今年も間もなく夏がやってきます。

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2019-06-15 15:25:47 (44 ヒット)
有木 義岳 理事「聖書のことばを生きる」

神様のみことばである「聖書」は「読む」ものと思われています。印刷された文字を目で読みます。毎日規則的に何章かを読んでおられる方もあります。そのように読み進んでいると、光り輝くように心に響く箇所を見出すこともあるでしょう。

わたしが制作している「心に光を」(ラジオ関西月---金朝5時5分---15分)のインタビュー番組に出演してくださったかたとのやり取りを紹介しましょう。この方は聖書を神のことばとして心に留めて、それを生きる、信じ従っておられる。これがまさしく聖書を読むということです。---心に留めておられる聖書のことばを読んでいただきましょう。

=「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えられないような試練に遭わせるようなことはなさいません。むしろ耐えることのできるように試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」

なんかあったときに、わたしはまだ耐えられるから、こういうことが与えられているんだ。これを乗り切れる力は与えてくださると思ったら、任せるというのか、安心しておれる、悲壮感にならずに夢が持てるというか…。

安心があります。やっぱり。まだまだこれぐらいのところは通り越せるんだとか、もっと大きなことが耐えられる、そういう力を与えてくださるんだと思うと、夢がもてる、安心感っていいますか、それがあります。日々心配のほうが多いですけど、そうじゃないんだ、そうじゃないんだ、心配しなくていいんだ、脱出の道もかならず与えてくださるんだと思うと、それが何より支えになっています。洗礼をうけてから30年になりますね。


クリスチャンセンター神戸バイブル・ハウス理事
「心に光を」ラジオ牧師
有木 義岳

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2019-04-07 02:04:51 (71 ヒット)
遠藤 洋介さん先日、バイブルハウス主催のディナーコンサートが神戸聖ミカエル教会で催されました。大きな集まりではありませんが、とても温かい、交わりの多い時間でした。

コンサートの語源であるラテン語の「concerto」は「論争」や「競い合う」といった意味がありますが、使徒パウロは第1コリント書で「競技をする人は皆、すべてに節制します」と語っています。

豪華絢爛が必ずしも評価されるわけではなく、小さな集まりであってもその中の交わりを大切にできる、今回のようなイベントがこれからも続けられることを祈っていきたいものです。

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2019-04-07 01:52:13 (107 ヒット)
松浦 信行師「祈りの仕方」

1月のキリスト教一致祈祷週間の時、私は東京にいました。出張先の東京カトリック神学院の隣にイエズス会の修道院で一致祈祷の集会があり、そこで大和市から長老派の牧師さんが奨励をしてくださいました。牧師さんは聖書の知的理解や活動だけでなく、黙想や沈黙などの祈りや霊性を深める時をイエズス会の神父と持っているそうで、そうすると疲れた気持ちから心の中に力が湧き出てくるという話をしてくださいました。

後日、同じイエズス会の霊性センターの所長さんと話す機会がありました。ヨガなどをされていて、熱心に体を使った祈りを勧められるのです。私も、昔修道会に入る準備の修練という期間に、いろいろな祈りの仕方について試したことがあります。スルピスの方法、カルメルの方法、イグナチオの方法など西洋の祈りの仕方は、頭を使った知的作業が多いのです。私も初めはそれを試していたのですが、主と共にいる祈りが逆に疲れてしまうのです。それで結局、聖堂に入り頭を空っぽにしてそこにたたずむという祈りへと移っていきました。それで、所長さんと意気投合して会話に花が咲きました。

巡礼の持っている旅そのものが祈りであること、禅の世界で生活そのものが禅であること、私が今いる四国のお遍路やおもてなしの文化、インドネシアに行った夫婦から教えられた体を使った祈り、短いことばを呼吸を通して唱えるイエスの祈り、インドのヨガ的祈りなど、どうも今までの知的な祈りではなく体を意識した祈りの持っている豊かさを語り合ったのです。今、NHKなどでも良く取り上げられているマインドフルネスもこの流れの中にあるようです。イグナチオの霊操を大切にするイエズス会ですが、「私と副所長が何か変わったことをしているとイエズス会の中で噂が立ってますよ」とその所長さんは笑いながら話を終えました。

神戸のバイブルハウスのことをこの流れの中で考えました。友の会の巡礼旅行、クリスマスランチョン、写経聖書、リレー朗読会、テレマンコンサート、バザー、エキュメニカルな出会いなどなど、神戸のバイブルハウスは聖書を中心にセミナーや勉強会をするだけでなく体を使って聖書や神に出会っている感じがします。それこそ結構時代の先端をいっている活動なのかもしれない、そう思うこの頃です。


クリスチャンセンター神戸バイブル・ハウス副理事長
松浦 信行師

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2019-02-20 23:46:30 (123 ヒット)
中村 豊 理事長キリスト教の17教団・1団体の協力により、約7年の編集作業を経て昨年11月、「聖書協会共同訳」が完成しました。この聖書は、原典に忠実な翻訳であり、日本の教会の標準となり、礼拝で用いられ、日本語、日本文化の形成に貢献できることなどを目指しました。また、本文のほかに引照と注を付したことが大きな特徴です。

神戸バイブル・ハウスを支える人たちが属する教団・教会全てが、この聖書を礼拝や聖書研究に用いるとはいえませんが、翻訳の比較は私たちに多くの学びを提供してくれます。例えば、ルカ福音書17章12節で、ギリシャ語の「レプロス」すなわち「レプラを患っている」は、聖書協会共同訳では「規定の病を患っている」ですが、新改訳聖書では「ツァラアトに冒された」と訳しております。ここで、聖書協会共同訳の「用語解説」や新改訳聖書第三版の「あとがき」などを参考することによって、翻訳の意図やねらいがより明確になります。

現在、高齢化の波が怒濤のごとく教会に押し寄せ、礼拝出席や教会財政に大きな打撃を与え続け、教会という舟の航行が次第に困難となっております。舟に乗ってゲザラ人の地方に行く途中、激しい突風のために波をかぶり、舟が沈みそうになったとき、「私たちが溺れ死んでもかまわないのですか(マルコ4:35以下)」と弟子たちはイエスに泣きつきました。私たちも、「教会や信徒をどうしてくれるのですか」と、神に訴えたい気持ちを抑えることができるでしょうか。すべてが順調なときは神が登場する機会はまれなのですが、困った時にだけ真剣になって神に頼ろうとする人間の姿勢を神は問題視します。

「わたしたち信じる者に力強く働く神の力が、どれほど大きなものであるかを悟ることができ(エフェソ1:19)」るように、私たちは、聖書のみ言葉に耳を傾け、神の恵みが豊に与えられていることを感謝する日々を送りたいものです。
聖書協会共同訳聖書完成をお祝いするとともに、キリスト者だけではなく、一般の人たちにも聖書が読まれ、神の存在を知るよい機会となることが期待されます。

クリスチャンセンター神戸バイブル・ハウス
理事長 中村  豊

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