ご来館のみなさまへ緊急のお願い

新型コロナウィルスへの感染防止対策のため励行をお願いいたします。

〇入館時には、手の消毒をお願いいたします
〇館内では、常時マスクを着用ください
 ※マスクが無い場合や、館内で飲食をされる場合、咳が出そうな時、会話をしないといけない時は、他の来館者の方々への配慮として、口にハンカチをあて飛沫感染の防止に努めて下さい。

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投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2020-02-11 17:08:46 (69 ヒット)
白井 進さん「バイブルハウスの使命」

見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。詩編133:1
教会は神の家族と言われます。私たちはそれぞれ家族がいて、家庭の中で育ってきました。それ以上になぜ神の家族が必要なのでしょうか。

イエスが多くの人々と話をしている時、母と兄弟たちがイエスに会いたいと、取り次ぎを頼んだ。その時、イエスはこのように答えた。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とは誰か。」そして、弟子たちを指さして言った。「ここに私の母、わたしの兄弟がいる。神のみ心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」(マタイ12:46-50、マルコ3:31-35、ルカ8:19-21)

このことは、イエスが、血縁の家族と仲たがいしていたとか、家庭をないがしろにしていたとかを言っているのではありません。イエスが家を出て神の国を宣べ伝える伝道の働きをした時、初め身内の人はイエスを取り押さえに来たというほどに、無理解でした。(マルコ3:21)しかし、イエスが十字架の上で死なれた後、弟子たちが母マリアを引き取り、兄弟のヤコブも教会の指導者になるほどに(ガラテヤ1:19)、イエスの理解者となったのです。
イエスはここで血縁の家族も家庭も、結ばれる大切な要素がなければ、壊れやすい関係であると語っているのです。
大切な要素とは何でしょうか。家族も家庭も神によって作られた関係であり、神の愛がそこに満ちるとき、良いものとなるのです。

英語でアットホームと言われるように、家庭がくつろぎの場であり、思いやり、優しさ、いたわり、理解、楽しさ、分かち合い、支え合い、許し合い、注意し合う気配り、安心に満ちていることが大切なのです。それには神を中心に祈りの交わりが不可欠なのです。
家庭がこの大切な要素を失うとき、危機が訪れます。一言でいうと大切なのは、聖書の言うアガペーの愛です。アガペーとはギリシャ語で無報酬の愛、無償の愛です。イエスは言われました。神からタダで受けたのだから、タダであたえなさい、と。
神戸バイブルハウスは聖書の魅力を伝える神の家族を目指して、カトリック教会、聖公会、プロテスタントの諸教会が教派を貫通し、協力して作られた、交わりと出会いと対話の場です。ここで神の言葉の力が証しされ、ここからその魅力が発信されるとき、バイブルハウスは救いの光が輝く場所となることでしょう。

クリスチャンセンター神戸バイブルハウス 理事
日本基督教団牧師・網干教会牧師代務者
白井 進 師

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2020-02-11 17:03:42 (27 ヒット)
日本聖公会牧師補 執事テモテ遠藤 洋介「鬼も頼めば、人喰わぬ」2月は節分の季節です。最近では豆まきだけではなく、恵方巻の文化もすっかり浸透し、毎年コンビニやスーパーでは売り競争が起こっています。数年前はこの恵方巻の大量の売れ残り廃棄が問題となったのも記憶に新しいことです。

日本ではこの節分の時に「鬼は外、福は内」と言って豆を撒く風習があり、鬼は「悪いもの」というイメージが定着しています。しかし、ある広告に泣いている小さい子どもの鬼の挿絵とともに次のような二つの文言が書かれていました。「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」「一方的な「めでたし、めでたし」を、生まないために。」

悪いものというレッテルを一方的に貼り付けて排除することは決して神さまの求めておられる平和ではないように思います。

聖書で豆まき・・ではないですが「種まきの譬え(マタイ13章)」の場面を思い浮かべてみます。種をまく人は一粒一粒丁寧に選定してまいていません。どう育つかではなくとにかく一粒でも多く種をまきます。その種の中にはぐんぐん育つ種も上手に育たない種も含まれており、みな一緒にまかれます。どんな出来損ないの私であっても神さまはいつも用いてくださいます。退けるのではなく和解を進めていく、力ではなく話し合いを、神さまの御心にかなった平和を造っていく方法は私たちの中にたくさん用意されています。

廃棄される恵方巻も、節分で追い払われる鬼も、罪深き私も、私たちの神さまはきっと排除ではなく、その愛でやさしく受け入れてくださるのではないでしょうか。

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2020-01-18 14:52:41 (75 ヒット)
神田 健次さん「ウルリヒ・ルツ先生と影響史的解釈」

10月13日、スイスのベルン大学名誉教授のウルリヒ・ルツ先生が逝去されました。心より哀悼の意を表します。享年81歳でした。

ルツ先生は、チューリヒ大学神学部で博士号・教授資格を得た後、1970年から72年まで国際基督教大学と青山学院大学で客員講師として教鞭をとられ、その後、1972年からドイツのゲッティンゲン大学で、さらに1980年からはスイス・ベルン大学で新約学の教授を務めました。ルツ先生に関しては、『EKK(プロテスタント・カトリック共同の聖書註解)新約聖書注解マタイによる福音書』(全4巻1985-2002年、邦訳:小河陽訳、教文館)によって、すでに日本でもその学問的業績がよく知られています。専門の新約聖書学の分野では、マタイ福音書注解の他、学位論文の『パウロの歴史理解』をはじめ数々の学術的著書を刊行され、また国際新約聖書学会の会長も歴任されるなど、国際的に著名な神学者でした。

筆者が、1971年4月に青山学院大学文学部神学科に三年編入した時、ルツ先生の新約聖書神学の講義を受講する機会がありました。初めて耳にするスイス人のドイツ語で高度な講義内容を展開するルツ先生と、その傍らで機関銃のような速度で通訳する佐竹明先生、お二人の先生による魅力的な講義は圧巻であり、心深く残っています。その後、約四半世紀後、ルツ先生と不思議な再会の時が訪れました。関西学院大学神学部とベルン大学神学部が学部間協定を締結する直前に半年間、客員研究員としてベルン大学神学部で研究期間を過ごした折、ルツ先生と再会し、大変お世話になりました。一度、山内一郎先生ご夫妻がベルンに来られた時には、当時ベルン大学に留学中であった辻学ご夫妻や嶺重淑氏、そしてフォーレンヴァイダー学部長ご夫妻と共に、ルツ先生宅にお招きを受け、楽しいひとときを過ごした思い出は忘れがたいものです。

そして、2004年には半年間、ベルン大学神学部と関西学院大学神学部との学術交流協定に基づいて関学神学部の客員教授として講義を担当して下さり、学生たちにも大きな影響を与えられました。また、東京や九州などでも特別講演を引き受けられ、その講演集『マタイのイエス:山上の説教から受難物語へ』(関西学院大学神学部編、日本キリスト教団出版局、2005年)も出版されています。また、このように関係の深い先生に、2005年9月には関西学院大学より名誉学位が贈呈されました。

ルツ先生の世界最高水準のマタイ福音書註解書は、教会の説教準備においても大変有益ですが、筆者の研究的関心で特に興味深いのは、註解書でも適用されている「影響史的解釈」という方法です。『講演集』収録の「影響史的解釈学と聖書の教会的解釈」によれば、影響史は、カトリック教会の「伝統」に対して、プロテスタントの聖書解釈を新しい洞察へと導くだけでなく、さらに、プロテスタント教会がこれまで軽視しがちであった非言語的領域に対する新たな理解をもたらすものです。影響史は、「言葉が聖書テキスト解釈の唯一の媒体ではなく、絵画、演劇、舞踏、音楽なども、聖書のテキストへの応答であり」、人間の信仰心全体に関わる聖書解釈を取り戻す手助けと言えるでしょう。このようなルツ先生の提唱する影響史的解釈は、当時、非欧米圏、特にアジアや日本のキリスト教美術を、福音の文化的受肉化、インカルチュレーションの課題として考えていた筆者にとって、重要な示唆を与えてくれるものでありました。神戸ゆかりの小磯良平、田中忠雄、堀江勝氏などの画家のキリスト美術も、このような聖書解釈の豊かな地平において新たな意味と楽しみをもたらしてくれるのではないでしょうか。

クリスチャンセンター 神戸バイブル・ハウス理事
神田 健次 関西学院大学名誉教授

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2020-01-18 14:38:33 (42 ヒット)
執事テモテ  遠藤洋介「夜景は残業でできている」
最近、24時間営業の見直しを行う企業が増えてきている記事を目にします。日本は世界の中でまだまだ経済的に豊かな国というイメージがありますが、お金だけではなく本当の豊かさ、聖書にあるような天に積むための富の獲得を果たすためには、今の忙しい働き方を見直すことも大切なように思います。

神戸は夜景がきれいなことで有名な街です。山側から街を見渡すと季節を問わず、街全体がイルミネーションのようにキラキラと輝いています。でもそのキラキラしている正体のほとんどは遅くまで営業しているお店やサラリーマンが残業することによって灯っている照明なのです。私の田舎は神戸とは違い、町を照らす明かりは外灯と不規則に点在する家屋くらいです。夜道は真っ暗で、正面に広がる日本海の沖のほうがはるかに明るさが目立っています。私の子どもの頃の夜景といえばポツポツと水平線に並んでいるイカ釣り漁船の「漁火(いさりび)」だったのです。

さて、クリスマスのシーズンが今年も始まりました。街中にイルミネーションが散りばめられ、テレビや店屋ではクリスマスキャロルが流れます。しかし、その一方では年末に向けてますます忙しさを増している方々がいることも覚えなければいけません。イルミネーションのキラキラの裏には企業戦士の日々の汗と涙のキラキラも一緒に輝いているのです。多くの働き人によってすべてのことが成り立っていることを忘れずにクリスマスを迎えたいものです。

投稿者 : kbhadm01 投稿日時: 2019-10-13 06:30:19 (147 ヒット)
鎌野 直人 理事  家を建てる

家を建てることは決して簡単なことではありません。
現在、私が奉職している関西聖書神学校では、新校舎建築が進んでいます。

筆者は、このプロジェクトの一番最初から関わっていることもあって、ほぼ毎日、設計事務所や工務店の方がたとお話をする機会があります。これまで礼拝堂建築に携わったことのない者が、このような大きな建築プロジェクトに関わっていますから、現場の方がたから多くのことを教えていただいています。

現在、神戸市のあるゼネコンがこの建築を請け負っておられ、多くの関連企業の方がたや職人の方がたがお越しになり、様々な作業が順序正しく進められています。そして着実に校舎は建て上げられています。このような作業を見て感じるのは、家を建てることは決して簡単なことではない、という当たり前のことです。

神戸バイブルハウスが聖書を通しての教会一致促進運動を願っていることは皆さんもご存じのことと思います。カトリックからプロテスタントまで、キリスト教の様々な教派の方がたが集まってその働きを進めています。

「教会一致促進運動」は英語で「エキュメニズム」と呼ばれ、この言葉の背後にはギリシア語の「(家を)建てる」という語があります。ですから、たとえて言うならば、一緒に家を建てるプロジェクトに取り組んでいるのが神戸バイブルハウスなのです。

しかし、家を建てることは決して簡単なことではありません。
そして、この家の建築がいつ完了するのか、分からないのも事実です。
それでもなお、家を建て続けているのです。

旧約聖書で家を建てるのは知恵です。「知恵は自分の家を建て、石の柱を七本、切り出し」(箴言9:1[新改訳2017])とあるとおりです。そして、知恵は、街行く人がこの家に立ち寄るように招いています(9:4-6)。

私たちが共に家を建てる働きにも、これまで以上に知恵が必要です。そして、家を建てるのは、そこに人びとを招くことが目的であることをも忘れてはならないことです。

これからも続けられる神戸バイブルハウスの働きのためにお祈りとご協力をよろしくお願いします。

クリスチャンセンター神戸バイブル・ハウス理事
関西聖書神学校校長 / 日本イエス・キリスト教団姫路城北教会 牧師

鎌野 直人 師

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